童謡「山寺の和尚さん」

山寺のポンポンポン 和尚さんがポンポンポン
まりはけりたし まりはなし 猫を紙袋(かんぶくろ)に 押し込んで
ポンとけりゃ ニャンとなく  ニャンがニャンとなく  ヨォーイヨイ

福岡県浮羽郡浮羽町にある大生寺(だいしょうじ)には、
この童謡のモデルになった和尚さんがいたという伝承があります。

日本臨済宗の中興の祖とされる「白隠(はくいん)禅師」と、なにやら関係がありそうですよ。(*^_^*)

大生寺山門

大生寺は田主丸の石垣山観音寺、山門郡瀬高町の本吉山清水寺とともに筑後の三大古刹と言われ、
奈良時代の桓武天皇の世に、僧行基が創設したと伝わる臨済宗妙心寺派の古刹です。
行基さんってすごいね、あちゃこちゃ出没!!


大生寺本堂と前庭



九州三大禅窟の一つも言われてるんですね〜!
臨済宗の中本山として、筑前、肥後、肥前の三国に渡り、最盛期には275の末寺を持っていましたが、
天正の頃、兵火にかかり大友氏から寺録没収され衰退したそうです。
その後、有馬家二代忠頼が廃寺同様になっていたこの寺の由緒を惜しんで再興し、
慶安元年 梅林寺沢雲和尚に命じて、その弟子月州をして開山させました。


       大雄宝殿

大雄宝殿扁額


     687年、博多にある聖福寺より移築された建物です。
     仏殿は5畳半4方(約98平方メートル)、本尊薬師如来は行基菩薩の作といわれ、
     殿内に安置されている賓頭盧尊者木像は、日本にある三体の一つだそうです。

大生寺 大雄宝殿


      ♪山寺の和尚さん♪

大生寺の第八世に、蔦道和尚という方がいました。
日向(宮崎)の古月師について修行の後、白隠(はくいん)禅師という有名な老師のところに
修行にやられ、厳しさのあまり禅病にかかってしまいました。

袋に入れた猫をけってたわむれた歌は 蔦道和尚が禅僧の厳しい修行の途中、
狂人になった姿をうたったもののようです。病をおして老師のおともをしていましたが、
龍谷寺(兵庫県)でとうとう狂態となり大生寺に帰山しました。

その後、6年間の監禁のような生活の間にありとあらゆる苦労を経験し、
病気も克服、仏教の本旨を発揮して皆から敬われたといいます。

参考サイト・・・みのうの豆本

童謡「山寺の和尚さん」のモデルには、松尾芭蕉が ”閑(しづか)さや 岩にしみ入る 蝉の声” と詠んだ
山寺「立石寺」も挙げられています。(さて、本命はどこ??)

今なら、猫虐待で動物愛護団体が飛んで来そうな歌詞だけど、
軽快でリズミカルなメロディは、子供の頃から馴染み深い曲です。
1937年、中野忠晴&リズムボーイズ、(服部良一作曲、久保田宵二の作詞)で発売され、
今でも初期ポップ・ダンス・ナンバーの傑作として、童謡を知らない世代にも人気があるようです。

境内には、苔むした仏塔や石仏があり、静寂のなかに禅寺らしい雰囲気がありました。
また森の中から耳納山へと続く小道沿いに御堂がたくさんあって、西国33ケ所参りができるようです。
境内からは筑後川と筑後平野、その向こうの朝倉・杷木の山々が見える絶景ですよ。

     寄り道小話

大生寺の第八世、蔦道和尚があまりに厳しい修行のため病になったという、
その師、白隠禅師というお方は、江戸時代中期の臨済宗の僧で、
近世臨済禅中興の祖といわれています。
「駿河には、すぎたるものが二つあり。一に富士山、二に原の白隠。」
ということばが、昔から人々の間で言われてきたそうです。

「両手を打てばパンと音が出るが、片手ではどのようにすれば音がでるか」
という白隠の公案「隻手の音声」(せきしゅのおんじょう)はあまりにも有名ですね。

また、白隠の書画は明治以降、殊に脚光をあびるようになったそうで、
「なんでも鑑定団」に出品された白隠の掛け軸が、なんと350万円だったらしいです。すごいな!