昨日は、田主丸町の「石垣山観音寺の初観音大祭」と、
うきは市の「うきは大石親子凧揚げ大会」に出かけるつもりでしたが、
一日中雨で行けませんでした〜、でも、初観音大祭は雨の中開催、
凧揚げは体育館で競技が行われたそうです。関係者の皆さん、お疲れ様です。o( _ _ )o
で、19日の土曜日は飯塚に行ってきました。
次男が飯塚に住んでるから時々行くけど、ウロウロしたことはありませんでしたが、
普段通らない穂波町を走った時に珍しい建造物を見かけました。
レンガ作りのなんとも不思議な形・・・何に使われていたんでしょうね〜(^^♪
クリックすると、1024 x 650のサイズで表示されます。

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上の写真と下の写真は別物です。道路沿いに20m間隔くらいで2基並んでいました。
初めて見る景色ってワクワクしますね〜☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.
最初の写真のものは、レンガが落ちたり柱が削られたり、しかも人工的な手が加えられたりしてるようでした。
どうも私有地みたいですね〜、建造物の間に民家らしきものがあり、
驚いたことに、前を走ってた車がバックして柱と柱の間に車庫入れしました・・・w( ̄△ ̄w ひょぇ〜〜〜っ!
でも、最初のものの方が廃墟らしい雰囲気があって好きです♪
ここから先の写真は全て2基目のもので、
こちらはフェンスで囲まれて説明の看板もあり、大切に保存されているようでした。
高さは約12m、迫力ある12本の柱とアーチが美しい〜
飯塚市はかつて筑豊炭田で栄えた地域で、直方市、田川市とともに筑豊三都と呼ばれていました。
明治34年の八幡製鐵所の操業開始によりさらに発展を遂げますが、
石炭から石油へのエネルギー革命により、次々に炭鉱は閉山していきました。
この二つの建造物は、昭和40年に閉山した三菱飯塚炭鉱時代の 『 斜坑巻き上げ機台座 』の遺構だそうです。
案内板によると、
案内を読んでもまだピンときませんが、説明文と一緒に描かれたイラストを見ると、
巻き上げ機台座の前には、石炭を積んだトロッコが走っています。
巻き上げ機から伸びたワイヤーの先の斜坑から、石炭や人を運ぶために使われたのかな。
できれば、2基セットで保存できるといいですね(^_^)v
この台座がある飯塚市平恒という地区から、住宅越しに3つのボタ山が見えました。
草木が生えてもまだボタ山らしい雰囲気は残ってますね〜!
でも、そのうち普通の山と区別がつかなくなるんでしょう。
華やかな時代は想像するしかありません、昭和は遠くになりにけり・・・です。(^.^)/~~~
巻き上げ機台座の近くに、煉瓦塀を見つけて行ってみました。
門を中心に古い煉瓦塀がながーく続いています。門に彫られていたであろう名前は消されていました。
かなり広い敷地のようですが、中は更地で草ぼうぼう
後で調べたら、おそらく台座と同じ「三菱飯塚炭鉱」関係のお屋敷跡、くらいで詳しいことはわかりませんでした。
どんな立派なお屋敷やお庭があったんでしょう〜、見てみたかったですね♪
去年、経済産業省が地域活性化を支援するために選定した「近代化産業遺産」に、
飯塚からは、上の『巻き上げ機台座』と『嘉穂劇場』『伊藤伝右衛門の旧邸宅』が登録されたそうです。
柳原白蓮が伝右衛門の妻として約10年間を過ごしたお屋敷が、去年から一般に公開され、
今や観光バスが来る人気となっています。お屋敷だけではこれだけの人は集まらないかもしれませんね。
やはり、テレビでも取り上げられた、スキャンダラスな白蓮の生き様のお陰でしょうか。
それとも、大きな心で離縁を許した伝右衛門さんの男気のお陰でしょうか。 実は、まだ行ったことがないので、次の機会に行きたいと思います。(^o^)人(^v^)

★ 巻き上げ機台座のだいたいの地図
★ 伊藤伝右衛門と白蓮について詳しい「飯塚商工会議所の伊藤伝右衛門物語」
★ Amazon 九州遺産―近現代遺産編101
砂田 光紀、国土交通省九州運輸局、 九州産業・生活遺産調査委員会
最初の写真のものは、レンガが落ちたり柱が削られたり、しかも人工的な手が加えられたりしてるようでした。
どうも私有地みたいですね〜、建造物の間に民家らしきものがあり、
驚いたことに、前を走ってた車がバックして柱と柱の間に車庫入れしました・・・w( ̄△ ̄w ひょぇ〜〜〜っ!
でも、最初のものの方が廃墟らしい雰囲気があって好きです♪
ここから先の写真は全て2基目のもので、
こちらはフェンスで囲まれて説明の看板もあり、大切に保存されているようでした。
高さは約12m、迫力ある12本の柱とアーチが美しい〜
巻き上げ機台座とは、巻き上げ機を備え付けた土台のことで、通常、斜坑は平行して二本開削され、本卸坑道は入気、石炭の搬出、連卸坑道は排気および人道に使用されます。この巻き上げ機は大正時代に作られたと考えられ、上部の動力部分は残ってないため詳細は不明ですが、蒸気の力により稼動していたといわれています。・・・
巻き上げ機台座の近くに、煉瓦塀を見つけて行ってみました。
門を中心に古い煉瓦塀がながーく続いています。門に彫られていたであろう名前は消されていました。
かなり広い敷地のようですが、中は更地で草ぼうぼう
後で調べたら、おそらく台座と同じ「三菱飯塚炭鉱」関係のお屋敷跡、くらいで詳しいことはわかりませんでした。
どんな立派なお屋敷やお庭があったんでしょう〜、見てみたかったですね♪
去年、経済産業省が地域活性化を支援するために選定した「近代化産業遺産」に、
飯塚からは、上の『巻き上げ機台座』と『嘉穂劇場』『伊藤伝右衛門の旧邸宅』が登録されたそうです。
柳原白蓮が伝右衛門の妻として約10年間を過ごしたお屋敷が、去年から一般に公開され、
今や観光バスが来る人気となっています。お屋敷だけではこれだけの人は集まらないかもしれませんね。
やはり、テレビでも取り上げられた、スキャンダラスな白蓮の生き様のお陰でしょうか。それとも、大きな心で離縁を許した伝右衛門さんの男気のお陰でしょうか。 実は、まだ行ったことがないので、次の機会に行きたいと思います。(^o^)人(^v^)






行きたいなぁと思っていた場所でしたので嬉しかったです。
お目当ては柳原白蓮さん。
先日、白蓮の生声が録音されていたレコードが飯塚市に寄贈されたとの
ニュースがあって、雛祭りのイベントでこのレコードが流されるとか。
はっきりしたイベント内容はうろ覚えなのですけど…
近くで美味しいお店を知っていたら教えてくださいませ。。(^^)